ご存じの通り、サラリーマン漫画の金字塔的作品である。連載開始は1983年。それから40年以上も連載を続けているモンスターコミックである。課長で始まった作品は社長、会長、相談役と出世を続け、ついにはサラリーマンでもなくなっている。(2025年現在)
そして、島耕作シリーズにおいて欠かせないのが「女」である。なんといっても島はモテる。たしかに男前でスマートであるが、それ以上にモテる。自ら口説かなくても女のほうから誘ってくる。さらに、知り合った女性がすごい人脈を持っているし、窮地になると女性が都合よく現れ、問題を解決に導いてくれるのだ。それはなぜなのか、疑問は尽きない。
なんで島だけそんなにモテるのか!?、なぜアイツばかり!と思わなくもないが、島耕作シリーズは、男性読者の苛立ちと羨望あふれる漫画なのだ。いやこれは、島耕作というより、弘兼憲史作品だからである。わかりやすいのが「加治隆介の儀」だ。加地も総理大臣に上り詰めるまで女に助けられている。ただ、加地は家庭を持ち続けながら日本のトップにまでなったが、島耕作は離婚している。なので、独身の身ということであれば、どの女性とどう関わろうが、とりあえずノープロブレムなのではないだろうか。(のちに大町久美子と再婚)
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金字塔的作品の第1話を見返すのはなぜかドキドキするのである
さて、島耕作第1話である。ここから日本を代表するサラリーマンマンガが始まったのかと思うと、仮面ライダー第1話「怪奇蜘蛛男」を見るような気持ちになる。
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連載開始当時の島耕作は34歳だ。肩書は大手電器メーカー・初芝電器産業の営業本部販売助成部 宣伝課係長である。1話開始時点の島は「課長」ではない。課長昇進直前というところからスタートする。販売助成部というのは、社の広告などを扱う部署で、ポスター作製や看板、ショールームの企画・制作などが主な業務のようだ。
冒頭、島は上司から課長への昇格を伝えられる。いわゆる内示だ。正式な事例は3か月後のようだが、島はすでに浮かれている。それはそうだろう。大手企業での課長への昇進。同期と比べて出世が早いとなれば、つい家族や周囲の人間にポロッと言いたくなる。しかし島は妻にそのことを伝えなかった。島いわく、妻は読書と育児以外に関心を示さないようだ。「たいして喜ばないだろう」というのが内示を伝えなかった理由だが、それでも、島さんよ、島さんよ、島さんよ!そういうことは伝えたほうが良いんじゃないか?
伝えない理由として「昇進の話が流れたらみっともない」というのも分かるが、それでも「まだ正式に辞令が出たわけじゃないんだけどさ・・・」くらいの会話があっても悪くないだろう。また、島は「とても口にすることはできなかった」とも言っている。「とても」って夫婦だろ!?と思うが、ここから推測できるのは、この夫婦はどうやらうまくいっていない、ということだ。
ちなみに、妻の名は怜子。旧姓は岩田で島とは早稲田の学生時代に知り合い、元予備校勤務で出産を機に専業主婦となった。付き合いはじめのころや結婚前後などは、したたかさで、自分の意見を持ち建設的な話し合いができる聡明な女性だった怜子。しかし現在は、感情が死んでしまっているかのような状態で、子どもがまだ小さいにもかかわらず家庭内別居の空気すらある。
耕作と怜子のどちらに責任があるかは測りかねるが、一度や二度の夫婦間の問題だけでこうはならないだろう。おそらく、もう「何年も」こうなのだ。怜子が耕作との結婚生活に諦めを持ち始めたのは何がきっかけで、いつごろからなのだろうか。
女性が総合職で入社することはまれで、多くはいわゆる「一般職」入社の時代である

島耕作と言えば女性である。では、その「モテ」はいつから始まったのか。童貞を捨てた相手や、結婚後の最初の不倫相手は誰だったのか?これに答えられる人はなかなかの島耕作マニアだろう。最初の不倫相手は?という答えは、記念すべき第1話にある。そう、初っ端から不倫をかましている。相手は同部署の後輩女性社員「田代友紀」だ。
田代友紀の社内の評判は良くない。先輩女子社員に言わせれば、田代は自分たち先輩女子社員のことを気に留めない、勤務時間中に席を立つ、私用電話を使う、朝早く来て机を拭いたり灰皿を洗ったりという女性社員が当然やるべき仕事を一度もしたことがない、などだ。
なるほど、総合職・一般職などと分かれている時代であり、始業前の掃除、就業中の上司へのお茶入れ、来客時のお茶出しなどは女性社員の当たり前の仕事だった。まれに男性新卒社員が勉強の場としてやることはあっただろうが。
さて、そんな田代の姿勢に関する愚痴を、給湯室で聞かされるというのも時代を感じさせる。連載開始は1983年、日本がバブルに突入する直前である。
そういう時代の会議であるから、デスクの上に灰皿が当たり前のように置いてあり、吸い殻が山盛りだ。島の上司である販売助成部長の福田敬三も第1話から偉そうである。
第1話から社内不倫をかます男、それが島耕作
女子社員から「バチーンと言ってくれ」、とのことで仕事終わりに田代を鍋に誘う島。しかし、勤務時間中からすでに翻弄されている島はすでに田代のペースにはまっていることに気づかず、食後のカラオケで盛り上がる。
酔った輩たちに絡まれ逃げ出し、二人が急場しのぎで身を隠した先はホテル「会議室」だった・・・というのはお約束だ。そういえば連載当初の島は意外にも体を張っていた気がする。
なにが自然の流れなのか皆目わからないが、戸惑いながら肉体関係を結ぶ島。いくら正当化しようが、抗弁しようが保身になるわけがない。なんとヘタレなことか。しかしヘタレでもたつものは立つというのが島である。
情事が終わっても自己防衛の姿勢は変わらない。本当に小心者ならたつものも立たないはずだが、島の小心者は「フリ」に違いない。実は姑息な男なのだ。そして小心者であれば「自分は彼女のバイブレーターだったのだ」など都合の良い解釈で終わらそうとしないだろう。
出世街道をばく進する前の初期の島耕作は、保身第一のなんともゲスな男である

「自分は彼女のバイブレーターだったのだ」とうまいこと自分を納得させたことで気が良くなったのか、休日の耕作は音楽鑑賞にふけりご機嫌である。本人の中で田代友紀との問題はもう、過ぎた話になったのだろう。しかし、そんな平穏な時間をぶち壊したのが、田代友紀からの電話だった。当時は携帯電話などない。島の自宅の番号をどこで知ったのか?個人情報がザルだったのか。そういえば、「ハローページ」なるものも普通に存在していた時代である。
田代友紀の存在を家族に知られては大変なことになる。幸い、島自身が電話に出たため、家族に知られることはなかった。しかし、おそらく妻は島が女と電話していても無関心だろう。むしろ、一人娘の奈美のほうが勘が鋭く、島の手に負えないと思われる。
死ぬほどビビりながら田代に指定された喫茶店に出向き、情けないほど保身に走る耕作。その心配は杞憂に終わることになる。友紀は、自分が結婚すること、式に出席してほしいことを島に伝えに来たのだった。友紀にとって、島は少しお気に入りという相手で、結婚前のちょっとした遊びにすぎなかったのかもしれない。つまり、友紀のほうが圧倒的に大人だったのだ。
それにしても、関係を持った同僚の結婚式に出る気分というのは、どんなものなのであろうか。ついニヤついたり、二次会で同僚にポロッと話してしまわないだろうか。連載当初の耕作は隙が多いというか、なかなか間が抜けたところがあるので非常に心配である。
関係を持った相手がうまい具合に退社してくれその後も応援してくれる勝ち組の男
寿退職した友紀は「小沢」姓になり、ほどなくして嫁ぎ先の茨城の養鶏屋から生みたての卵を古巣に送ってくる。手紙に書かれた「精をつけてね」、にどのような意味があるか分からないが、酒を飲んだ後でも平気でヤレる島の精はそもそも強い。
手紙には「早く部長になってね!」とも書かれている。友紀は、小心な人間ほど出世するので島は部長まで行く、と予言する。だがこれは結果的に大外れであった。知っての通り、島は日本を代表するメーカーの部長どころか社長、会長にまで大出世を遂げるのだ。この第1話がそこまで続くとは誰も思わなかっただろう。かくして漫画史に残る作品はこうしてスタートを切ったのだった。
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