1970年4月、島耕作、社会人への第一歩である。この年、初芝電産に入社した大卒・高専卒の新入社員は925名。彼らは入社後、11月の配属までの7か月間、研修に明け暮れる。1か月間の社内研修、3か月間の工場実習。そしてラスト3か月は、系列販売店で現場の仕事を経験する。
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どこに配属されるか?指導者はどんな人物か?つまりは系列店ガチャ
どのショップに配属されるかはわからない。選べるわけもないのだろうから「ガチャ」である。気持ちよく迎え入れてくれるショップもあれば、そうでない販売店もあるだろう。どのショップに配属されたとしても、新人は現場仕事をしなくてはならない。特に一般家庭に出向き、白物家電の修理にあたる仕事は大変そうである。仕事を丁寧に教えてくれる人がいれば良いが、丸投げする人間もいるだろう。理系だったり機械いじりが好きだったりすれば、現場仕事も何とかなるかもしれないが、文系の人間は逃げ出したくなるかもしれない。島はあまり器用ではないから苦戦しそうである。一方、樫村健三はショップの人間がどんな性格であろうと、うまく立ち回りそうな気がする。
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フェフェフェと笑う弘兼作品に善人なし!
島が配属されたのは徳田夫妻が切り盛りするトラスト電業である。そして従業員は3人いるようだが、その中のリーダ格、仲瀬チーフが弘兼作品における典型的な悪人顔である。さらには不快な笑い声。これはもう確定なのである。
仕事は適当にこなしギリギリまでサボる。下の人間をアゴで使う。極め付きは不法投棄である。恐るべきことだが昭和の時代、不法投棄は珍しくなかった。高度経済成長は、大量のゴミも生み出したのだ。川沿いや山間部には、多くの不法投棄が見られた。家庭ごみや産業廃棄物、もちろん家電も含まれる。産業廃棄物の問題といえば「寄生獣」が思い浮かぶのは筆者だけだろうか。そういえば、所有者不明の朽ち果てた自動車が投棄されていた数十年前を思い出す。

そして仲瀬も、お客から引き取った古いテレビを当たり前のように川に投棄するのである。本社の人間の前で平気で投棄する神経は信じられないが、これまで何度もやってきたのであろう。自社の製品を目の前で投げ捨てられて気分を害さない人間もいないと思うのだが、過去に配属された初芝の新卒社員はどう感じていたのだろうか。
仲瀬の行動に異論を唱えた人間はこれまでいなかったのか? おそらく、いたはずである。では仲瀬はなぜ今も不法投棄を続けているのか。販売実習の勤務態度は本社に報告される。その評価はその後の配属に影響するのだ。評価が高ければ自身の志望が通りやすく、低かった場合は本意でない部署への配属となるかもしれない。
トラスト電業の場合、徳田社長は現場を一緒に回っている仲瀬から新人の評価を聞き、そのまま初芝電産に報告するのだろう。つまり、実際の評価者は仲瀬だ。そしてどういった評価をするかは、仲瀬の気分次第である。本社から配属されてきた若手は、自身の配属に影響することを恐れ、仲瀬に反論できなくなるのだろう。そして仲瀬はこの仕組みを知っているからこそ、悪びれることなく投棄を手伝わせているのかもしれない。
青臭く穢れを知らないヤング島耕作

さて、「課長編」初期の島はクズっぷりが目立つが、本作は若手社会人らしい初々しさである。課長編の島であれば、ショップでの出来事などチーフの言い分に流されるままだっただろう。
ただ、東京北営業所・営業一課主任の小田切滿夫はどちらかというと仲瀬寄りのようである。そして、島と小田切の話しを聞いていたのがあの中沢喜一である。これこそ読者サービス!中沢の初登場は「課長編」で当時の役職は部長だったと思うが、今作では昇進前の課長職で島とご対面である。
島の意見を後押しし、さらには高度経済成長期における消費傾向、地球環境まで言及する将来の師。家電リサイクル法(特定家庭用機器再商品化法)が施工されたのは2001年だが、その四半世紀以上前から消費者が廃棄物にお金を払うこと、そしてメーカーの作る責任と廃棄する責任まで予測しているのは、さすが未来の社長と言わざるを得ない。そしてここまで気持ちよく言われてしまっては小田切局長はもう何も言えないのである。
900分の1の激レアガチャを引き当てる耕作!

ショップに戻り、今度は仲瀬に盾突くヤング島。弘兼作品に出てくる悪人は基本的に小物だが、それにしても初芝系列のショップに勤めながら、吉原初太郎の顔に覚えがないというのも情けない話しである。いや、吉原に限らず、意外と道端で会えば普通に見過ごしてしまうというのはあることだろう。若造の反乱に頭に血が上っていた状態の仲瀬であれば、雑誌やテレビで吉原の顔は見たことがあっても、判別がつかなくても仕方がないかもしれない。とうぜん、後で吉原のことを思い出したら震えるだろうが。
さて、青臭くてもやはり自分が正しいと思ってことを貫くと、良いことが起こるのだろう。900名を超える新入社員の中から毎年、島が希望する本社営業本部販売助成部へ配属先されるのは1人か2人である。しかし、そのとんでもない倍率の中、島の希望は見事にかなうのである。この人事に吉原初太郎の鶴の一声があったかは不明である。ちなみに、島の第二志望は事業部宣伝課、第三志望は海外勤務だった。新入社員がいきなり海外勤務になることはあるのだろうか? ただ、この時の志望勤務先はそう遠くないうちに実現する。これらの人事に吉原の影響はあったのだろうか。