今晩も島と平瀬健一は会食である。日本経済を回すのに懸命なのである。さて、今回は珍しくゲストがいる。長峰和真(UEMATSU塗装工業取締役・執行役)だ。どうやらUEMATSUの後継者について、社外取締役である島と平瀬に相談があるようだ。
UEMATSUのトップである植松権兵衛は、気力体力ともに衰えている。ゴルフに出てもろくにドライバーを飛ばすことはできず、コースを回るのも大変そうである。歩く速度や立ち姿など、同年の島と比べても権兵衛はだいぶ老いて見える。まあ、島が若すぎるのだろうが。
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評判のよくない2代目が事業承継して会社はうまく回るのか

さて、権兵衛は息子の植松圭介を後継者にするつもりのようだ。まあ社会人になってすぐ自分の会社に入社した息子が、今も取締役副社長をしているのだから、承継は既定路線といえる。
しかし、その圭介の評判はイマイチのようである。学業は優れなかったようだし、普段はゴルフに明け暮れ、コロナ禍でも飲み歩いたり、女遊びをしたりする始末。そんなことなので、後継者としての自覚が足りない、なんとも頼りない、というのが取締役会のメンバーの見解のようだ。
では、権兵衛はなぜそんな評判の圭介に、息子とはいえ継がせようとしているのだろうか。しかも、圭介が次期社長に適しているかどうか、権兵衛自身が迷っているようである。圭介に事業の肝心な部分を任せていないことも、圭介を後継者としてふさわしいと思っていない証左だろう。
圭介は権兵衛の年がいってからの子どもというわけでもなく、甘やかしていたふうにも見られない。そうなると、この年まで圭介を本当に後継者として帝王学を叩きこまず、また他の後継者候補も考えていなかったということになる。そうであれば、権兵衛の事業承継に関する意識が足りなかった、と言わざるを得ない。
社長の役割の1つは、事業承継をしっかり終えることだ。体力の衰えを感じ始める前に、それをしてこなかったのは、ワンマン社長の弱いところだろう。逆に、ここまで承継問題が噴出せず、また権兵衛自身の身に何もなく来られたのはラッキーである。もしかしたら、取締役の中で過去に危惧していた人間はいても、声に出せなかったのかもしれない。
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母の思惑とは別に急浮上するもう一人の後継候補

ところで、圭介が次期社長をしたがっているのは権兵衛ではなく、圭介の母のようである。ママの過保護のおかげで、圭介は43歳になった今でも独身である。おそらく、息子をずっと手元に置いておきたいのだろう。縁談話などいくらでもあったはずだが、全て撥ね付けて今に至る。女遊びは許しても、本気で結婚を考えるようなことは許さないのだろう。
実はUEMATSUには、頼りないがとても「いい奴」である圭介のほかにもう一人、後継候補がいる。その人物は、四菱銀行築地支店で支店長を務める剣持松男。権兵衛が贔屓にしていた神楽坂の芸妓・ゆき乃との子どもである。愛人の息子ということで、つまり婚外子である。
剣持は東大法学部卒業、四菱銀行入行、ハーバード大学MBA(経営学修士)のエリートで将来の頭取候補ともいわれている。大学もろくに卒業できなかったような圭介とは真逆である。そして剣持は権兵衛のことを知っているようだが、自分がUEMATSUの後継者候補として名が上がっていることは知らない。
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社外取締役に就いても変な役回りをさせられるのが島である

島から長峰の依頼は、剣持と接触し、UEMATSUを継ぐ意思があるかどうか確認してほしいとのこと。社外取締役に就任したばかりの人間にそんな依頼をするのはどうかと思うが、少々驚きながらも引き受けるのが島である。律儀な島のことを考えると、翌日にでも動いたのだろう。四菱銀行築地支店に出向き、剣持と面会するのだった。
剣持は48歳なので、圭介より5歳上ということになる。島は経済交友会の代表幹事をしていた財界の有名人ではあるが、剣持も初対面の人物から「実はあなたがUEMATSUの後継候補に上がっているんだけど」と言われても困惑しかないだろう。
しかし、剣持の態度は、困惑でも喜びでも、婚外子として放っておかれた怒りでもない。彼には四菱の頭取という明確な目標がある。だから、降ってわいた話を持ってこられても冷静なのだ。関心がないといっても良いだろう。日本を代表するメガバンクのトップの座を狙える位置にいる人間が、血縁関係があるとはいえ、業界3位の塗装会社の跡継ぎを選択する理由などほぼない。塗装会社を軽くディスっている感じもするが、剣持の判断は妥当である。
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