島は剣持松男との会食に出向く。剣持が呼び出したのか、島が出向くと言ったのかどちらだろうか。話しがあるのは剣持のほうだから島の事務所に出向くのが良いと思うが、剣持もやり手のはずである。自分のテリトリーで話をしたかったといううのもあるのだろうか。剣持の行きつけの寿司屋で会食である。
メガバンクの支店長クラスなら年収2000万円前後だろうか。しかし、大企業のトップの年収と比較すると、かなり低く思えるのかもしれない。自分の行きつけの店を低く評する剣持。まあ、冗談半分だろうが。
こんな店、と言いながら、この店はマダカアワビを出してくるわけで、なかなか侮れない。マダカアワビも十分高級食材だと思うが、剣持なりのやっかみか。とまあ、島も今は大企業のトップでもないわけで、さすがに収入は減っている気もするがどうなのだろう。一時期、役員報酬をグッと下げていたが、それは会長や相談役を退いても変わらなかったのだろうか。
夢破れてもすぐ別の道に行く切り替えの早い男
さて、UEMATSUの後継の話を改めて切り出す剣持。メガバンクの頭取の夢が断たれたわけだから、降ってわいたもう1つの道を選択するのは妥当だろう。
しかし、剣持も不運といえば不運である。ロシアのウクライナ侵攻リスクをどこまで把握していたか定かではないが、それによって生じた焦げ付きの責任を取れ、というのもなかなか乱暴である。剣持曰く、損失が生じたら誰かの責任にして収束を図るのが、銀行の体質だそうだ。そしてそれに嫌気をさした、というのが剣持が、UEMATSUの後継の話を考え直した理由らしい。
降ってわいた後継者が承継するには必要な年数はどれくらいか
では、UEMATSUの後継の話を受けるとして、どうするのか?内情を知っているのは島や平瀬健一、徳野恭三、長峰和馬など一部の取締役だけだ。副社長の植松圭介は、剣持の存在も後継の話も知らないだろう。そんななかで「次の社長は婚外子の松男に決まりました」、となれば混乱は必至である。
そこはさすがに剣持もバカではない、バカどころか東大法学部、ハーバード大学MBA修士のスーパーエリートである。まずは監査役の社外取締役としてUEMATSUに入り、会社のことを一通り把握した後に社長に推薦してもらう、という筋書きだ。監査役を一年したら社長、というのもちょっと短い気がするが、メガバンク出身の支店長経験者が後継となれば、取引先や出資先も安心なのではないだろうか。
普通、UEMATSUレベルの大企業になると、「今年で仕事もゴルフも止めだ」なんて、放り出したくても簡単に放り出せるものではない。承継には3年や5年かかるのは当たり前だ。状況によっては、10年かかってもおかしくないのだ。UEMATSUのようなワンマン社長のカラーが強い会社であれば、誰にどう継がせるかは、より入念に進めなければ危険なのである。
驚異の寿命を誇るミル貝!
ところで、「ミル貝の寿命は何年か?」剣持からのいきなりのクイズに全く答えられない島。答えは「160年以上」らしい。ミル貝は、とんでもない生物なのだ。剣持はどの時点でミル貝の寿命を知ったのだろうか。知って驚かなかったのだろうか。それとも知ったうえで、「ただ生きているだけ」と評したのか。「自分はミル貝のように、ただじっとしているだけでダラダラ生きる人生なんてまっぴらだ!」とミル貝をディスり、攻めの人生を送りたいという。
いやいや、ミル貝だってすごいのだ。100年以上もの年月を生き延びてきたのだ。環境の変化や外敵からの攻撃があったかもしれない。ただ生きるだけというのも楽ではないのだ。まあ、そもそも寿司屋の水槽にいるミル貝が何年ものなのかなど、島も剣持も、店にいる誰一人としてわからないだろうが。
唐突なエロシーンこそが弘兼作品の真骨頂である
場面変わって、唐突なエロシーンである。島耕作といえば、唐突なエロシーンである。圭介の相手は清宮由美子である。ホテルでの打ち合わせ後に訪れた相手ではなく、今夜は由美子である。そしてどうやら、圭介のとりえの1つは性的な強さのようだ。また、自身は営業マンとしての自信も持っているようだ。いい奴で、営業マンとしても優秀であれば、意外となかなか良い経営者になるのではないか?
今は自覚が足りないにせよ、いい奴がトップになり営業力を発揮すれば、売り上げアップも望めるのではないだろうか。
嫌がらせのような宴席を設ける場合は相手を選ぶべきである
銀行を去る剣持が招かれたのは、料亭「多喜」である。席を設けたのは副頭取。後任の田丸支店長も同席するなかでの送別会である。とまあ、副頭取としては、良いことをしてやった、ねぎらってやってる、くらいの気持ちなのだろう。そんな席を設けるのなら、20億円の焦げ付きが発生した時点でサポートに回ってもらった方が、よほど良いに決まっている。
剣持も、そんな形だけの送別会であることはとっくに見抜いており、副頭取が設けた、送別会という名の嫌みな「最後の晩餐」なのだから、剣持が気に食わないのも当たり前だろう。座りもせず、しょっぱなから副頭取にも自身より2年先輩の田丸にも、トゲのある言い方ばかりである。攻撃姿勢を1ミリも崩さない剣持に副頭取もご立腹だが、剣持のターンは終わらない。「まあ頭を冷やせよ」とばかりに、お約束のビールぶっかけである。これには副頭取も呆然で、田丸に至っては腰を抜かす始末である。
まだ退職願いを出していなかったのか、出していないのに送別会は早い気がするが、支店での送別会でないからまあ良いか。出そうと思っていた「退職願」を引っ込め、藤川頭取に直接出すということだが、退職願の出し先は誰にどう渡すのが正解なのだろうか。支店長の直属の上長となれば、やはり副頭取になるのではないだろうか。剣持が自分の上長を理解していないわけがないが、トップに出すのが一番効果的ということなのだろうか。
ところで、UEMATSUと四菱の間に取引はないのだろうか。良くないのは副頭取だが、UEMATSUの新社長が昔、四菱の副頭取に切れて頭にビールをぶっかけた、という程度の噂は広まるだろう。まあ、取り引きがあったとして貸しはがしにあうようなことはないだろうが、誰とどう関係するか分からない世の中である。下手に敵に回すようなことは避けるべきだと思うのは私だけではないだろう。